地獄界――不具者、病者、狂人、ルンペン、邪宗教の坊主及び信者
餓鬼界――下級労働者、衣類住居まではとても手が届かず、
毎日毎日の生活が食を得る為に働いているような人々。アルコール中毒になつて酒が無ければ生きていかれぬといつた人間、金を
もうける為には手段を選ばぬという預金主義者、其他何んでも目についたものが欲しくてならぬという様な性格異常者。
畜生界――パンパン、不良、泥棒、スリ、その他犯罪者。自分よりも強い者には絶対に従順で自分よりは弱い者にはいばるという人格の低級な人間。
修羅界――兵隊、警官、拳闘家、将棋、碁を職業とするような、人と争う人間。
人間界――普通平凡に生活している市井人。
天 界――大金持、元の皇族、貴族、一国を動かしている大政治家、経済家、偉大な軍人等々。
声聞界――学者、研究家、学生等。
縁覚界――大作曲家、音楽家、芸能上で一芸の奥義に達した者、何かの研究を完成した学者等。
菩薩界――二宮尊徳の如く広く社会を利益した者。偉大な発明発見
により広く社会を利益した者。例えばエジソン、ワット、湯川秀樹博士、支那に生れた孔子等。更に仏法を広め、 衆生に救を与えた人々。
仏 界――日蓮大聖人(御本仏)、釈迦(迹仏すなわち影の仏)、 天台(迹仏)、伝教大師( 迹仏)等
『折伏教典』より
「日蓮宗内の墓檀信者と称する信者たちは、謗法の神札をはったり、神棚があったりと
んでもない本尊をおいたりする。又折伏を少しもしない。これらの信者は何の功徳も
ないばかりか逆に法罰仏罰を蒙っている」
「日本の国家神道として全国民に君臨し、ついに邪教の本体を現して、軍部とともに日本民族を滅亡の道へと導いたのであった。現在、敗戦とともに一挙に失った権威を取り返すすべもなく、神札販売、結婚式場の運営、お祭りなどにしがみついて余命を保っている」
「この大御本尊を拝む以外に末法の衆生は基本的に幸福になれないのである。」
「俗にいう日蓮宗を代々やっていると家族に不具者ができたり、知能の足りない子供が生まれたり、はては発狂する者ができたりして、四代法華、五代法華と誇っている家ほど悲惨な生活をしているのである。」
『日蓮正宗以外の宗派はすべて人々を不幸に落とす力をもっている。』
「よって、われわれが神札を買ってきたり、もらったりして拝むことは、まったく見当違いなことであり、これだけならばたいしたこともないようであるが、大聖人の仰せのとおり、日本には正しい仏法が行われていなかったから、善神は威力を失い、日本国から去ってしまって、現在はいないのである。つまり、正しい仏法を行ずる者を守る役目を果たそうにも相手がいないため、諸天善神は日本の国を去ってしまったのである。ゆえにあとに残ったものは悪鬼神だけであるから、紙や木に神の名前を書いて信仰の対象にすると、そこには悪鬼・魔神の働きがこもるわけである。
よってこれを拝めば、人に害を及ぼすのは当然のことであり、不幸の原因としかならないのである。
このように神札を拝むことは間違いであるということが、わかったならば、早く取り払って焼き捨てるのが当然である。」
『日蓮正宗以外は ぜんぶ邪宗教であり害毒を流すもの』
「富士大石寺の大御本尊を拝まない者はすべて謗法である。」
「世間の無知な批判の中には、日蓮正宗における、学会の存在を、日蓮正宗の本山を食い物にして、やがては一派独立の野望に燃えている新興宗教だというような、およそ誤認識もはなはだしい考え方をしたものすらあったのである。」
「佼成会の本尊は、設立当時からクルクル変わってきた。「本尊に迷えば色心に迷う」との御金言のとおり、迷って迷って迷いぬいて、衆生を迷わせてきたというべきである。もともと、三大秘法は、仏法の三学、戒・定・学の本体である。くるくる変わったり、支部旗に格下げとなる「定」が仏法にあるものか。初学の者さえこれを知るはずである。日敬をはじめ、佼成会の幹部は、仏法の初学にも達しない外道の者であることが、これでもわかるだろう。今度は絶対だから変えぬといっているもの、またいつなんどき変わるか、わかったものではない。宗教団体では、教義が命である。教義が変われば、知的誠実性が疑われるのである。模索で教義を変えるのならば、確信のないままに、創価学会は教義を広めていた事になるだろう。宗教団体に、教義的模索などあってはならないのである。」
『折伏教典』より
「邪教などは、みんなうまい事を言って、金を巻き上げ、教祖のために、教団の勢力のために、それも本当に人々を救えるならば許せるけれども、全部が地獄に落ち、民衆が教祖にだまされ、そして教祖は立派な家ばかりつくり、民衆は最後には乞食みたいになってしまう。これが、邪宗教の姿です。創価学会としては、永久に皆さん方から、ただの一銭も寄付を願ったり、供養を願うようなことはいたしません」
聖教S37,6,16 池田指導
「先日、ある学者がきて、『創価学会は世襲制度ではありませんね』という話が出ました。封建制度の残骸のひとつに世襲制度という制度が現存しております。他の団体はいざ知らず、宗教界にあって、教団の世界にあって世襲制度ということは、もっとも誤った、いやしい姿であります。霊友会しかり、天理教も世襲制度であり、PL教団も、立正佼成会も、全部世襲制度であります。代々の財産をそのままうまく受け継いで、金儲けしようという、その縮図でもあるし、その一端だけをみても、彼らに真の仏法は、宗教ではなく、〃邪教〃であると断言できる理由であると私は思うのであります。日蓮正宗、創価学会は、永久に世襲制度ではありません。」
聖教S、36,10,7
池田指導
「いままでは思い上がり、独断的であり、利己主義である彼ら(言論人)を恐れさせて、身ぶるいさせて、ほんとうに正しい言論戦はこわい、どうしようもないというところまで追って追って追いまくっていこうではありませんか」
S,38,7,28 池田指導
「末法は折伏に限るのであるが、なお御僧侶の立場よりする法の上の折伏を、檀那の立場よりする武力・権力・金力による化儀の広布の時の折伏に比べれば、摂受とおおせられる。」
「(化儀の広宣流布とは)今、わが創価学会が、選挙により権力を持ち、会長池田先生のもとで勇敢にあらゆる魔と戦い、本尊流布に進む姿がそれであると確信する。」
大白蓮華S,38 2月号・助教授試験の模範答案文
創価学会を離れて公明党はありえない。もしあるとすれば、既成政党となんら変わることなく、政治のための政治に堕することは必然であります。されば、永久に創価学会と公明党は、一体不二の関係で進んでいこうではありませんか」
「学会員が日本の総人口の三分の一となり、さらに、信仰はしないが、公明党の支持である人たちが、次の三分の一となり、あとの三分の一は反対であっても、事実上の広宣流布なのであります。王仏冥合の実現は、この舎衛の三億を築けばよいのであります」
S,40,7.12 池田指導
「ただ一つ日蓮大聖人の教えどおりに信心修行しているのは、日蓮正宗(総本山富士大石寺)だけである。」
「学会再建にあたった第二代戸田会長は、つねづね「戸田はけっして一宗一派を開くものではございません。ただ、生命のつづくかぎり、御本山へ、忠誠一途に尽くすのみであります」と申しておられたが、まことに、その一生こそ、先師牧口会長の遺志を継がれ、ひたすら総本山をお守りする真心ひとすじに貫かれた粉骨砕身のお働きであった。(中略)その御供養の至誠は数を知らず、すなわち、日蓮正宗の良き檀那、大信者として、偉大な生涯をまっとうされたのである。ここに創価学会と日蓮正宗との関係はおのずから明白となろう。」
折伏教典より
「謗法とは「正法を誹謗すること」であり、したがって、なにが正法であるかが問題である。それはいうまでもなく、末法今時の正法は、道理、文証いずれから論じても日蓮大聖人の教えであり、その教えは富士大石寺に伝わる三大秘法の大御本尊以外にあるはずがな
い。しかれば、謗法とは、その大御本尊を誹謗することであることはいうまでもない。」
折伏教典より
「私は戸田前会長と十年間、師弟の道を歩んできた。たとえ師匠が地獄に落ちようと、師匠のそばへ行くと決めていた。それが自分の人生と決め、だまされても、師匠と一緒なら、それでいい。それが師弟相対だと決めた」
池田大作著『指導メモ』
The above positings were presented by "Mr.Nekketsu Danshibu"
on our BBS on Aug.2006
Thanks for your kind cooperations,.
Web master
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