矢野絢也氏 控訴審判決全文

平成21年3月27日午後1:30分
東京高等裁判所


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事件番号

【平成20年(ネ)第650号各損害賠償,手帳返還等請

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平成21年3月27日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 小川一世
平成20年(ネ)第650号各損害賠償,手帳返還等請求控訴審件(原審・東京地方裁判所平成17年(ワ)第15151号〔第1事件〕,第15738号〔第2事件〕,第23436号〔第3事件〕)
平成20年12月17日口頭弁論終結
判決
東京都墨田区
控訴人・被控訴人(原審第1,第2事件原告,第3事件被告)
大川清幸
(以下「控訴人大川」という。)
横浜市鶴見区
控訴人・被控訴人(原審第1,第2事件原告,第3事件被告〉
伏木和雄
(以下「控訴人伏木」という。)
東京都新宿区
控訴人・被控訴人(原審第1,第2事件原告,第3事件被告)
黒柳明
(以下「控訴人黒柳」といい,控訴人大川及び同伏木と併せて「控訴人ら」という。)
上記3名所訟代理人弁護士 佐藤博史
同 新堀富士夫
同 海野秀樹
同 小川治彦
同 金澤優
東京都新宿区
被控訴人・控訴人(原審第1,第2事件被告,第3事件原告)
矢野絢也
(以下「被控訴人矢野」という。)
同断訟代理人弁護士 弘中惇一郎
同 久保田康史
同 川端和治
同 河津博史
同 弘中絵里
同訴訟復代理人弁護士 大木勇
同 品川潤
東京都文京区
被控訴人・控訴人(原審第1,第2事件被告)
株式会社講談社
(以下「被控訴人講談社」という。)
同代表者代表取締役 野間佐和子
同所 株式会社講談社内
被控訴人・控訴人(原審第1,第2事件被告)
出樋一親
(以下「被控訴人出樋」といい,被控訴人講談社と併せて「被控訴人講談社ら」といい,被控訴人矢野及び同講談社と併せて「被控所人ら」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 的場撤
同 山田庸一
同 服部真尚
同 大塚裕介
同 小西裕雅理

主文

1 原判決中,控訴人らの請求に係る部分のうち,被控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

2 上記取消部分に係る控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3 原判決中,被控訴人矢野の請求に係る部分を次のとおり変更する。
(1)控訴人らは,被控訴人矢野に対し,別紙物件目録記載の手帳及び関連資料を引き渡せ。
(2)控訴人らは,被控訴人矢野に対し,連帯して300万円及びこれに対する平成17年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)被控訴人矢野のその余の請求をいずれも棄却する。

4 控訴人らの控訴(当審において変更した被控訴人矢野に対する請求を含む。)をいずれも棄却する。

5 訴訟費用は,一審及び当審を通じてこれを10分し,その1を被控訴人矢野の負担とし,その余を控訴人らの負担とする。

6 この判決は,第3項(1)及び(2)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨
1 控訴人ら
(1)原判決中,控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
(2)被控訴人講談社らは,控訴人ら各自に対し,連帯して1780万円及びうち890万円に対する平成17年7月25日から,うち890万円に対する同年8月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)被控訴人矢野は,控訴人ら各自に対し,被控人講談社らと連帯して1890万円及び,
うち1000万円に対する平成17年7月25日から,うち890万円に対する同年8月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)被控訴人矢野は,控訴人らに対し,別紙謝罪広告を被控訴人講談社発行の「週刊現代」に原判決別紙掲載要領記載の要領で1回掲載せよ。
(5)断訟費用は,一審及び当審を通じて被控訴人らの負担とする。
(6)仮執行宣言

2 被控訴人講談社ら
(1)原判決中,被控訴人講談社ら敗訴の部分を取り消す。
(2)上記取消部分に係る控訴人らの被控訴人講談社らに対する請求をいずれも棄却する。
(3)訴訟費用は,一審及び当審を通じて控訴人らの負担とする。

3 被控訴人矢野
(1)原判決中,被控訴人矢野敗訴の部分を取り消す。
(2)上記取消部分に係る控訴人らの被控訴人矢野に対する請求をいずれも棄却する。
(3)控訴人らは,被控訴人矢野に対し,別紙物件目録記載の手帳及び関連資料を引き渡   せ。
(4)控訴人らは,被控訴人矢野に対し,それぞれ1000万円及びこれに対する平成1   7年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5)仮執行宣言

第2 事案の概要等

1 本件事案の内容等
(1)原審第1事件(以下,単に「第1事件」という。)は,控訴人らが,被控訴人講談社発行の週刊誌「週刊現代」(以下「本件週刊誌」という。)に掲載された,控訴人らが被控訴人矢野の自宅から同被控訴人が極秘事項をメモしていた手帳を持ち去った,控訴人らは家探しをしていったとする記事により名誉を毀損されたとして,それぞれ,被控訴人らに対し,共同不法行為を理由として1000万円の損害賠償及びこれに対する不法行為日である平成17年7月25日(同記事が掲載された本件週刊誌の発売日)以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,謝罪広告の掲載を求めている事案である。
 原審第2事件(以下,単に「第2事件」という。)は,控訴人らが,「上記手帳は無理矢理持ち去られたものであり、上記記事の内容は真実である」旨の被控訴人矢野のコメントを内容とする本件週刊誌の記事により名誉を毀損されたとして,それぞれ,被控訴人らに対し,共同不法行為を理由として,1000万円の損害賠償及びこれに対する不法行為日である平成17年8月1日(同記事が掲載された本件週刊誌の発売日)以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,謝罪広告の掲載を求めている事案である。
 原審第3事件(以下,単に「第3事件」という。)は,控訴人らが,被控訴人矢野所有の手帳及び関連資料を強奪した上,同被控訴人の自宅を家探ししてプライバシーを侵害したとして,被控訴人矢野が,控訴人らに対し,所有権に基づき上記手帳及び関連資料の返還を求めるとともに,不法行為を理由として控訴人ら各自に対して1000万円(合計3000万円)の損害賠償及びこれに対する不法行為日以後の日である平成17年5月30日以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
(2)原判決は,第1事件及び第2事件において控訴人らの被控訴人らに対する請求を一部認容するとともに,第3事件において被控訴人矢野の控訴人らに対する請求を全部棄却した。そこで,控訴人ら及び被控訴人らは,いずれも原判決のうち敗訴部分の取消し及び請求の全部認容(控訴人講談社らを除く。)を求めて,それぞれ控訴した。なお,控訴人らは,当審において,被控訴人矢野に対して求める謝罪広告の内容を一部変更した。

2 前提となる事実関係(末尾に証拠を掲げたもの以外は,争いがない。)
(1)控訴人ら
ア 控訴人大川は,昭和34年から同38年まで墨田区議会議員,同年から同55年まで東京都議会議員,同年から同61年まで参議院議員を務め,同45年から同61年まで公明党中央執行委員の地位にあった。
イ 控訴人伏木は,昭和38年から同42年まで神奈川県議会議員,同年から平成5年まで衆議院議員を務め,昭和62年から平成2年まで公明党中央執行副委員長の地位にあった。
ウ 控訴人黒柳は,昭和40年から平成7年まで参議院議員を務め,同5年から同7年まで公明党中央執行副委員長の地位にあった。
(2)被控訴人ら
ア 被控訴人講談社は,雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社であり,本件週刊誌を発行している。
イ 被控訴人出樋は,本件週刊誌の編集人である。
ウ 被控訴人矢野は,昭和38年に大阪府議会議員となり,同42年から平成5年まで衆議院議員を務め,昭和42年に公明党の書記長に就任し,同61年から平成元年まで同党中央執行委員長の地位にあった。
 被控訴人矢野は,衆議院議員を引退した後,政治評論家として活動している。
(3)控訴人らは,平成17年5月15日に2回,同月17日及び同月30日に各1回,合計4回にわたって被控訴人矢野の自宅に赴き,同被控訴人所有の別紙物件目録記載の手帳及び関連資料(以下,この手帳を「本件手帳」といい,関連資料と併せて「本件手帳等」という。)を持ち帰った。
(4)被控訴人講談社らは,平成17年7月25日発売の本件週刊誌同年8月6日号に,控訴人らが被控訴人矢野の自宅から同被控訴人の手帳を持ち去った,控訴人らは家探しをしていったとする原判決別紙第1記事のとおりの記事(以下「第1記事」という。)を掲載した(甲1)。
(5)控訴人らが同年7月26日に第1事件の訴訟を提起したところ,被控訴人講談社らは,同年8月1日発売の本件週刊誌同月13日号に,控訴人らは,被控訴人矢野が強い抗議をしたにもかかわらず,同被控訴人の手帳を無理矢理持ち去ったものであり,第1記事の内容は真実である旨の被控訴人矢野のコメントを内容とする原判決別紙第2記事のとおりの記事(以下「第2記事」といい,第1記事と併せて「本件各記事」という。)を掲載した(甲2)。

3 争点及びこれについての当事者の主張
(1)第1記事による名誉毀損
(控訴人らの主張)
 第1記事は,控訴人らが,共謀の上,被控訴人矢野の自宅において,同被控訴人に,同被控訴人が極秘メモを記載していた衆議院手帖を引き渡すよう強要し,本棚,押し入れ,妻の部屋に至るまで家探しし,同被控訴人の衆議院手帖100冊を10箱近い段ボール箱に詰めて同被控訴人から奪い,これを持ち去ったとの事実を摘示したものである。
 このような内容の第1記事は,一般読者に対し,控訴人らが犯罪行為又はこれに準ずる行為を行ったとの印象を抱かせるものであり,控訴人らの名誉を毀損するものである。
(被控訴人講談社らの主張)
 第1記事が控訴人らの社会的評価を低下させることは認め,その余は争う。
(被控訴人矢野の主張)
控訴人らの主張事実は認める。
(2)第2記事による名替毀損
(控訴人らの主張)
 第2記事は,控訴人らが,4回にわたって被控訴人矢野宅を訪問し,その都度,執拗かつ強い要求をし,同被控訴人が「プライバシーの侵害になる」と強い抗議をしたにもかかわらず,2回にわたって家探しを強行するなどして,同被控訴人の手帳を無理矢理に持ち去り,これを強奪したとの事実を摘示したものである。
 このような内容の第2記事は,一般読者に対し,控訴人らが,強要,恐喝又は強盗等の犯罪行為によって,被控訴人矢野から手帳を奪い取ったとの印象を与えるものであり,控訴人らの名誉を毀損するものである。
(被控訴人講談社らの主張)
 第2記事は,被控訴人矢野の手帳が同被控訴人の意に反して持ち出されたとの事実を摘示したものであり,これが控訴人らの社会的評価に触れることは認め,その余は争う。
(被控所人矢野の主張)
 控訴人らの主張事実は認める。
(3)被控訴人矢野の責任
 ア 第1記事について
(控訴人らの主張)
 第1記事は,被控訴人矢野が,被控訴人講談社に情報を提供したものであった。第1記事中の「矢野氏と同世代の元公明党幹部X氏」は被控訴人矢野にほかならず,「黒革の手帖」あるいは「衆議院手帖」という事実,殊に,「大きな事件が起きたときや,政局が動いた年は何冊も使っていたので,合計100冊以上にのぼる」との事実は,被控訴人矢野以外には知りようのない事実である。このような第1記事の内容のほか,相当性を主張しない被控訴人講談社らの態度等からしても,第1記事の情報源が被控訴人矢野であることは明らかである。
 したがって,被控訴人矢野には,同記事による控訴人らの名誉毀損について,控訴人らに対し,被控訴人講談社らと共に共同不法行為の責任がある。
(被控訴人矢野の主張)
 被控訴人矢野は,第1記事の作成に関与していない。同被控訴人は,控訴人らの行為に憤慨しており,話の通じる人にてん末を話をしたことがある。しかし,その話が被控訴人講談社に伝わったか,どのようにして伝わったかは知らない。
イ 第2記事について
(控訴人らの主張)
 被控訴人矢野は,被控訴人講談社から,控訴人らによる第1事件の訴え提起についてコメントを要請され,コメントの内容を自ら読み上げた。
 ある者の情報提供に基づく記事が人の名誉を毀損する場合において,当該情報提供者が,自らの提供する情報が報道されることを認識し,これを容認していたときは,不法行為責任を負うというべきところ,被控訴人矢野は,自らのコメントを内容とする記事が本件週刊誌に掲載されることを認識,認容していたばかりでなく,積極的に意図して虚偽の情報を提供し,記事の作成に深く関与したものであり,第2記事について不法行為責任がある。(被控訴人矢野の主張)
 情報提供者に対して不法行為責任を問うためには,取材に対する事実の摘示や評論,意見を述べる行為が虚偽であることを知りながらあえてされるなど,取材当時,情報提供者が置かれた立場を考慮してもなお相当でないことが明らかであり,情報提供者が,自らの発言内容がそのまま雑誌等に掲載されることについて了解した上,あえて第三者の名誉を毀損するような事実の摘示や論評,意見を述べたという特段の事情が存在することを要すると解すべきところ,被控訴人矢野による第2記事のコメントはこれらの要件を欠くから,同被控訴人は第2記事について不法行為責任を負わない。
(4)真実性の抗弁等
ア 第1記事について
(被控訴人らの主張)
 第1記事は,元公明党委員長という要職にあった被控訴人矢野が多くの政治的秘密をつづった被控訴人矢野の手帳をめぐる,政権与党の一翼を担う公明党及びその支持母体である創価学会内部の騒動を報じたものである。これらの内容は国民の関心事で,公共の利害に関する事実に関わるものであり,被控訴人講談社らは,専ら公益を図る日的で第1記事を本件週刊誌に掲載した。そして、控訴人らが被控訴人矢野の意思に反してその手帳を持ち出したとの摘示事実,控訴人らが同被控訴人宅の本棚,押入れから妻の部屋に至るまで家探ししていったとの摘示事実はいずれも真実である。
 控訴人らの提出に係るICレコーダによるデジタル録音データ(甲25〜28。枝番号は省略する。以下同様)は痕跡を残さずに削除,分割,結合等の編集を行うことが一般的に可能なものであり,本件においても,被控訴人矢野宅における控訴人らと同被控訴人等のやり取りのうちの重要な部分が削除されている。
(被控訴人講談社らの主張)
 控訴人らの提出に係る上記ICレコーダによるデジタル録音データは,時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきである。
(控訴人らの主張)
 控訴人らが,手帳を渡すように被控訴人矢野を脅迫,強要したり,同被控訴人宅を家探ししたり,同被控訴人の手帳を強奪した事実はない。被控訴人矢野は,自ら進んで手帳を控訴人らに引き渡したものであり,第1記事の掲示事実は虚偽である。このことは,ICレコーダによるデジタル録音データにより明らかなところである(同データについては削除等の編集は一切されていない。)。
イ 第2記事について
(被控訴人講談社らの主張)
 第2記事は,政権与党の一翼を担う公明党及びその支持母体である創価学会内部における元公明党委員長という要職にあった被控訴人矢野に対する訴訟提起及びこれに対する同被控訴人の反論を報じたものである。これらは,国民の関心事で,公共の利害に関する事実に関わるものであり,被控訴人講談社らは,専ら公益を図る目的で,第2記事を本件週刊誌に掲載したものである。そして,控訴人らが被控訴人矢野の意思に反して手帳を持ち出したとの摘示事実,控訴人らが同被控訴人の強い抗議にもかかわらず、家探しを2回にわたって強行したとの摘示事実はいずれも真実である。
 控訴人らの提出に係るICレコーダによるデジタル録音データに関しては,前記第1記事に関する主張と同一である。
 仮に本件第2記事の内容が真実でないとしても、被控訴人講談社らには,これを真実と信じるについて相当な理由があった。
(被控訴人矢野の主張)
 第2記事は,政権与党を構成する公明党の元委員長という要職にあった被控訴人矢野に対して訴訟が提起されたことを報じるとともに,訴訟の対象とされた第1記事が真実であることを同被控訴人が述べたと報じるものであり,その報道が国民の関心事であり,公共の利害に関するものであること,報道目的が専ら公益を図ることにあったことは明らかである。そして,被控訴人矢野が控訴人らから脅迫,暴行を受け,手帳を強取されたとの摘示事実,控訴人らが同被控訴人の強い抗議にもかかわらず,家探しを2回にわたって強行したとの摘示事実はいずれも真実である。
 控訴人らの提出に係るICレコーダによるデジタル録音データに関しては,前記第1記事に関する主張と同一である。
(控訴人らの主張)
 控訴人らが,手帳を渡すよう被控訴人矢野を脅迫,強要したり,同被控訴人宅を家探ししたり,同被控訴人の手帳を強奪した事実はなく,第1記事の摘示事実は虚偽である。被控訴人矢野は,自ら進んで手帳を控訴人らに引き渡したものである。このことは,ICレコーダによるデジタル録音データにより明らかなところである(同データについては削除等の編集は一切されていない。)。本件第2記事の内容を真実と信じるについて相当な理由があったとの被控訴人講談社らの主張は,争う。
(5) 第1事件及び第2事件の損害額
(控訴人らの主張)
 被控訴人らの上記各不法行為により,控訴人らの社会的評価は著しく低下し,控訴人らは多大な精神的苦痛を被った。
 第1配事及び第2記事は,ねつ造された虚構の記事であり,被控訴人講談社らにおいても,これを認識し,又は容易に認識することができたものであり,被控訴人らの行為は悪質である。
 被控訴人講談社らは,第1記事において情報提供者が被控訴人矢野であることを隠ぺいした上,情報提供者をねつ造し,さらに,第2記事により再び虚偽の事実を公表し,控訴人らの提訴を揶揄し,嘲笑している。これらに加え,本件各記事の内容,本件週刊誌の社会的影響力,被控訴人講談社が得た利益,控訴人らの受けた被害の内容,被控訴人矢野が本人尋問において虚偽の供述をしていることなどを考慮すると,被控訴人らの上記不法行為による控訴人らの損害額は,弁護士費用相当分の損害を含めて,控訴人各自において第1事件につき1000万円,第2事件につき1000万円を下らない。
(被控訴人らの主張)
 控訴人らの主張は争う。
(6)謝罪広告
(控訴人らの主張)
 上記のとおり,被控訴人らの不法行為は悪質であり,また,本件週刊誌が大きな社会的影響力を有していることにかんがみると,これらの記事により低下した控訴人らの社会的評価を回復させるためには,金銭賠償のみでは足りず,謝罪広告が必要である。その内容は,@第1記事については,被控訴人講談社らにつき原判決別紙謝罪広告1のとおりの謝罪広告,被控訴人矢野については別紙謝罪広告のとおりの謝罪広告,A本件第2記事については,被控訴人講談社らにつき原判決別紙謝罪広告2のとおりの謝罪広告,被控訴人矢野については原判決別紙謝罪広告3のとおりの謝罪広告がそれぞれ相当であり,これらを原判決別紙掲載要領記載の要領により掲載することを命じる必要がある。
(被控訴人らの主張)
 控訴人らの上記主張は争う。
(7)本件手帳等の返還請求及び控訴人らの不法行為について
(被控訴人矢野の主張)
ア 控訴人らは,平成17年5月15日,同月17日及び同月30日,被控訴人矢野宅を訪問し,同被控訴人に本件手帳等を出すよう強要し,同被控訴人の意思に反してこれを奪い,持ち去り.本件手帳等を強奪した。
 仮に,控訴人らの挙げる念書により本件手帳等を占有管理する権原が控訴人らに付与されたとしても,同念書により成立するのは民法上の寄託契約であり,民法662条により寄託者たる被控訴人矢野はいつでもその返還を請求することができるから,本件第3事件の提起による解約告知に伴い寄託契約は終了した(なお,寄託契約の解約を制限する特約の効力を認める学説も,受託者に特別の利益が認められる場合か又は有償寄託の場合に限って特約の効力を認めるものであるところ,本件においては受託者に特別な利益は認められず,また無償寄託であることは明らかである。)。
イ また,控訴人らは,同年5月17日及び同月30日,被控訴人矢野の意思に反して同被控訴人宅を家探しして検分し,同被控訴人のプライバシーを侵害した。
(控訴人らの主張)
ア 被控訴人矢野は,平成5年9月以降,月刊誌「文藝春秋」(以下,単に「文藝春秋」という。)に,「極秘メモ全公開」と題する,公明党の書記長,委員長時代のぼう大な資料とメモに基づくと称する手記を公表していたところ,平成17年4月28日付の聖教新聞には,被控訴人矢野は,創価学会の副理事長らとの面談の席で,上記記事によって支持者に迷惑を掛けたことを謝罪したとの話が紹介された。
 このような経緯の下で,被控訴人矢野は,今後,本件手帳等を利用するつもりはないとし,控訴人ら立会いのもとで処分したいとの意向を示したことから,同被控訴人と控訴人らで協議した結果,被控訴人矢野が本件手帳等を封印した上で控訴人らに交付し,以後,控訴人らがこれを保管・管理することになった。
 被控訴人矢野は,本件手帳等を控訴人ら立会いの下で処分する,これを使う気はないし,自分のもとに残ってもろくなことはなく,万一これを控訴人らの立会いの下で見ることはあっても,これを持って帰ることはない,自分の死後は燃やしてくれと述べ,「被控訴人矢野が利用しないことを約して控訴人らに交付し,以後,控訴人らがこれを保管・管理すること」を約する内容の2通の念書を作成し,控訴人らとの間で,その内容の合意をした上,本件手帳等を控訴人らに引き渡した。
イ 上記合意は,被控訴人矢野が公明党やその関係者に迷惑をかけることがないよう,本件手帳等を利用できない状態に置くことを目的としたもので,本件手帳等の負担付贈与ないし信託的譲渡あるいは信託の設定とみるべきであり,これにより,本件手帳等の所有権は控訴人らに移転し,被控訴人矢野はその所有権を喪失した。
 また,控訴人らは,上記のような目的のもとに締結された無名契約である上記合意により,本件手帳等を保持する権原を取得したというべきである。この合意は,被控訴人矢野による本件手帳等の利用を制限することを中核とするものであり,被控訴人矢野に返還することは予定されておらず,寄託契約ではない。
(被控訴人矢野の再反論)
 上記の念書は,本件手帳等を奪い取られるにしても,せめてその後の管理について一定の願いだけは聞き入れてほしいという趣旨で被控訴人矢野が作成し,控訴人らにおいて,これを聞き入れるという趣旨で署名したものである。所持者が畏怖して物を交付し,あるいは奪取行為があった場合においても,念書など自由意思があったかのような文書が交付される例はままあることであり,上記のような念書が作成されたことによって,本件手帳等が強奪されたとの事実が変わるものではない。
(8)第3事件の損害額
(被控訴人矢野の主張)
 被控訴人矢野は,控訴人らによる本件手帳等の強奪及び被控訴人矢野の意思に反した家探しにより,多大な精神的苦痛を被った。これに対する慰謝料の額は、控訴人ら各自について1000万円(合計3000万円)を下らない。
(控訴人らの主張)
 被控訴人矢野の主張は争う。

第3 当裁判所の判断
1 本件各記事の内容について
 被控訴人講談社らが,本件週刊誌平成17年8月6日号に第1記事,本件週刊誌同月13日号に第2記事を掲載したこと及び本件各記事の内容は,前記第2,2(前提となる事実関係)(4)(5)記載のとおりである。
 第1記事は,控訴人らが被控訴人矢野の自宅に居座って,被控訴人矢野に対し,「出すまで帰れない」「それが貴方の身のためだ」などと強要し,被控訴人矢野の手帳を段ボール箱に詰めて持ち去った,控訴人らは本棚,押入れから妻の部屋に至るまで家探ししていった,との事実を摘示したものであり,このような内容の第1記事は,控訴人らの社会的評価を低下させると認められる。
 第2記事は,控訴人らが,4回にわたって被控訴人矢野宅を訪問し,その都度,被控訴人矢野に執拗な,強い要求をし,同被控訴人が「プライバシーの侵害になる」という強い抗議をしたにもかかわらず,同被控訴人の手帳を無理矢理持ち去り,これを強奪し,また,被控訴人矢野が強い抗議をしたにもかかわらず・被控訴人矢野宅の家探しを2回にわたり強行したと,一般人に認識させるものであり,控訴人らの社会的評価を低下させると認められる。

2 本件各記事の真実性の抗弁について
(1)公益目的
 前記第2,2(前提となる事実関係)記載の事実及び弁論の全趣旨によれば,本件各記事によって摘示された事実は,もと国会議員であった控訴人らが,被控訴人矢野の自宅から,同被控訴人が議員活動等において使い続けてきた手帳を持ち去ったというものであり,この事実は,公共の利害に関わる事実であると認められ,また,被控訴人講談社らは,専ら公益を図る目的で本件各記事を本件週刊誌に掲載したと認められる。
(2)事実関係
 前記第2,2(前提となる事実関係)記載の事実に証拠(甲1,2,4〜7,18,25〜28,30,40〜42,59,乙ハ1〜6,11〜13,90,証人矢野満子,証人生沼千晶,控訴人黒柳本人,被控訴人矢野本人,検証)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実を認めることができる(甲18,25〜28,59,控訴人黒柳本人のうち,この認定に反する部分は措信することができず,他に同認定を覆すに足りる証拠はない。甲25〜28については,被控訴人講談社らは時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下を申し立てているところ,これにより著しく訴訟手続を遅滞させることになるとは認められないから当該申立ては採用しないが,これらの証拠が適時に提出されなかったことは,後記のとおり,証拠の信用性の判断に当たって考慮する。)。
ア 本件に至る経緯
(ア)被控訴人矢野は,昭和38年に大阪府議会議員となり,同42年から平成5年まで衆議院議員を務め.昭和42年に公明党の書記長に就任し,同61年から平成元年まで同党中央執行委員長の地位にあった。
 被控訴人矢野は,衆議院議員を引退した後,政治評論家として活動していたところ,平成5年から同6年にかけて文藝春秋に手記を連載したが,同手記に「創価学会と公明党は政教一致と言われても仕方がない部分があった」旨の記述があったことから,創価学会等から激しい非難を受けた。その結果,被控訴人矢野は,創価学会等に対して陳謝した上,同手記を単行本として出版する際に当該記載を削除するなどの措置をとった。
(イ)平成17年4月20日,被控訴人矢野は,創価学会の西口副会長(当時。以下「西口」という。)から創価学会戸田国際会館に呼び出された。その際,西口は,同被控訴人に対し,上記の文藝春秋の手記を挙げて「創価学会青年部が怒っている。」「矢野を除名せよとの要求が出ている。」「青年部は跳ね上がっている。矢野の命も危ない。」などと述べた上,あらかじめ用意をした文案を示して,同手記に関して論罪文を書くように求めた。被控訴人矢野は,西口の要求にとまどったが,これを了承し,渡された文案に沿って謝罪文を作成し,これを翌21日に西口に渡した。このことは,同月28日付け聖教新聞(甲4)において,「公明党元委員長の矢野氏が謝罪」「『文藝春秋』(93年,94年)掲載の手記をめぐって」「矢野氏“私の間違いでした”“当時は心理的におかしかった”」等の見出しを付した記事として大きく採り上げられた。同記事では,同手記が引き金となって,何人もの国会議員が創価学会を誹謗し,「喚問」「喚問」と大騒ぎする自体となったなどと,被控訴人矢野の手記の記述によって創価学会が大きな被害を受けたことが強調されていた。
(ウ)被控訴人矢野は,平成17年4月28日から所用で妻満子(以下,単に「満子」ということがある。)を伴って海外に出張したが,同月30日に至り,当時オーストラリアのブリスベーンに居住していた同被控訴人の長男清城を通じて,数回にわたって,創価学会の長谷川副会長(当時。以下「長谷川」という。)に連絡をとるようにとの伝言を受け取った。被控訴人矢野が長谷川に電話したところ,同人から「青年部が強硬だ。事態を収めるため,帰国日である5月14日に青年部と会ってほしい。」と強く面談を勧められ,これに応じた。その後,同年5月9日付け聖教新聞(甲5)には,被控訴人矢野の前記謝罪に関して,「公明党矢野元委員長が海外!?」「行動で示せ!口先だけの『謝罪』は要らぬ」等の見出しを付した記事が掲載されたが,同記事には、「“恩知らずは畜生の所業”」「我々は『口先だけ』なら絶対に許さない。本当に詫びる気持ちがあるなら,行動と結果で示してもらいたい」などの記述がされていた。
(エ)同年5月14日に被控訴人矢野が妻満子と共に成田空港に到着すると,約10名の各自カメラを手にした背広姿の創価学会青年部所属者が同被控訴人夫妻の後を追って移動し,各々フラッシュを焚いて夫妻の写真を撮るなどした。引き続いて,創価学会戸田国際会館で行われた創価学会青年部との会談においては,杉山青年部長ら5名が被控訴人矢野を取り囲むように着席し,口々に,「青年部において除名せよとの要求が出ている。」「我々は本当に怒っている。」などと同被控訴人を糾弾し,2度にわたって「土下座しろ」と迫り,「人命にかかわるかもしれない。」「息子さんは外国で立派な活動をしている。あなたは息子がどうなってもよいのか。」などとも述べた。そして,「政治評論家をやめるべきだ。元委員長が政治評論家面をするのは許せない。」などと述べて,政治評論活動を止めるように繰り返し迫った。被控訴人矢野は,青年部幹部らの言動に身の危険を感じ,青年部の用意した,文春のことは謝る,今後は書かない,恩返しをするなどの趣旨の文書に署名をし,政治評論家を辞めると述べた。
イ 平成17年5月15日の第1回訪問
(ア)平成17年5月15日は,日曜ということもあって被控訴人矢野は東京都新宿区内の自宅に在宅していたところ,午後5時ころ,控訴人らが突然,同被控訴人宅を訪問した。控訴人大川は,昭和34年から同38年まで墨田区議会議員,同年から同55年まで東京都議会議員,同年から同61年まで参議院議員を務め、同45年から同61年まで公明党中央執行委員の地位にあった者であり,控訴人伏木は,昭和38年から同42年まで神奈川県議会議員,同年から平成5年まで衆議院議員を務め,昭和62年から平成2年まで公明党中央執行副委員長の地位にあった者であり、控訴人黒柳は,昭和40年から平成7年まで参議院議員を務め,同5年から同7年まで公明党中央執行副委員長の地位にあった者であるが,控訴人らはいずれも被控訴人矢野と十数年前から個人的なつき合いが絶えており,控訴人大川及び同伏木は被控訴人矢野宅を訪問したこともなかった。
(イ)被控訴人矢野が控訴人らを自宅1階の応接間に通すと,控訴人らは,文藝春秋の手記に関する謝罪をめぐっての前日の同被控訴人と創価学会青年部とのやり取りを話題にした上で,控訴人大川が「伏木さんが今もうむずむずして一番言いたいのは,要するに,あの文藝春秋の極秘メモですよ。」と本件手帳について切り出し,続けて「はっきり青年部との約束が評論活動も今後やらないというようなことを大前提でおっしゃったとなれば,そんなものがあったんじゃ先々心配だな。」と述べた。そして,控訴人黒柳が「青年部に対しても,今後,まあ行動で示していくと,ね。……そのメモってのは,伏木さんが一番よく知ってるんですよ。要するに,そうすると極端に言うと,27冊の衆議院手帖にいろいろと書いてあると。極端に言うと。」と述べるなど,控訴人ら3名は,口々に,被控訴人矢野に対して,本件手帳を引き渡すように求めた。これに対して,被控訴人矢野は,「それは無茶な話だ。おれのプライバシーの書いてある手帳を預けろという意味が分かっての話か。それは人権問題になる。断る。」「手帳には,我が家の内部のこと,銀行口座の番号,ID番号、債権債務,息子のこと,その他我が家のすべてが書いてある。それを渡せというのは個人情報の侵害,人権侵害,プライバシーの侵害だ。分かっているのか。君たちは国会議員までやった人間だ。そういうことが知れたら……。」「その手帳には,絶対私以外の人が見てはならないことが書いてある。学会の税金間題,ルノアール事件,捨て金庫事件,やばい筋の話,言論妨害事件で他党の政治家と交渉した内容が実名で書かれている。月刊ペン事件,本山との抗争問題,山友問題等も書いてある。これは爆弾だ。だからおれは墓場まで持っていこうと思っている。絶対に外部に知られてはならぬ内容だ。それを承知か。だから渡すわけにはいかない。」などと述べて,これを拒絶した。しかし,控訴人らは,「それを渡さないと皆怒り狂って何が起こるか分からない。」「渡さないなら覚悟はできていますね。」などと述べて,あくまでも本件手帳を引き渡すことを求めた。
(ウ)被控訴人矢野は,かつて藤井富雄元都議会議長から創価学会と対立した藤原行正元都議会議員に対して創価学会内部においてこれを暗殺する計画があると聞いたこと,藤井の依頼により,秋谷創価学会会長に対して当該計画を思いとどまらせるように要請したことなどを想起するとともに,かつて自分自身が公明党幹部として関与した,創価学会に批判的な人物に対する幾多の攻撃を思い出し,控訴人らの要求に応じないときには自己又は家族に対してどのような危害が加えられるかも知れないと恐怖を覚えたが,本件手帳を控訴人らに渡すことだけは避けようと考えて,本件手帳については自分自身で燃やすなどして処分することを提案した。しかし,控訴人らはあくまでも本件手帳の引渡しを受けることにこだわり,被控訴人矢野が控訴人ら立会の上で本件手帳を処分することを申し出ても,控訴人大川において「矢野さんが本当に青年部とか西口さんときちんと大前提約束したんなら,今後のことはまたお家のことだとか,ご家族にもいろいろ関わりがあることだから,僕らは先のことを考えりゃあ,あくまで『膨大なメモ』ってやつは,燃やしちゃうとかなんとかじゃあなくて,……差し出がましいけど,一時,僕らが,ほかじゃ差し障りがあるから,僕らOBの仲間で一時お預かりしちゃって,時が来るまでは抱いてるかと。そういうね。」などと述べ,控訴人伏木が「神奈川だって大光会をやったときに,がーっと出たよ。」と発言し,これを受けて,控訴人黒柳が「大光会の意見っていうのは決して大光会だけの意見じゃないですよ。学会の意見でもあるんですよね。皆組織に入ってますから。そうなるとね,要するに,今更のようだけども,あのタイトルと張出しにあった膨大な資料だと,整理するのも大変だと,極秘メモだというようなことがね。要するにまたこの次書くんじゃなかろうか,これをネタにして何かやるんじゃなかろうかという,当然,やっぱり疑心暗鬼はみんなあるわけですよ。……ですから,……燃やせばいいじゃないですか,ということだけじゃだめなんですよ。」と述べた。そして更に控訴人伏木が「燃やしゃいいってことじゃなくてね。」と述べ,更に,控飾人大川が「だから,もしあれだったら,封印して,僕らが矢野さんから預かってもいいよ。開けて見る必要ないんだから。」と述べ,本件手帳を焼却するのでは足りず,これを控訴人らに引き渡す必要のあることを述べて,繰り返し本件手帳の引渡しを求めた。
 被控訴人矢野は,これに対して,「だから,あのね。正直害うて,個人的なプライバシーもありますし,あのう家庭のこともありますし,あるいはこの会社のね。……それはあのう……」と,なおも本件手帳を引き渡すことに難色を示し,更に,「私が処分すると。処分の方法は考えようと。こう言っていたということにして理解して下さい。僕は約束は守りますから。」と述べて,本件手帳を引き渡すことを明確に拒絶した。
(エ)これに対して,控訴人大川は「それはね,矢野さんね,僕らの気持ちはね,残しておいて,そのことで悪用するんじゃないかっていう,僕ら,そういう邪推じゃなくて,もし,すっきりね,ここでちゃんとお辞めになるというなら,周囲をね,周囲を説得するのに,……封印して全部ね,これだけ,ちゃんとしっかりして,もうこんな論議やめてくれっていうには,預かってるのが一番いいなという,のがね。……さんざん議論してね。それが,僕ら,僕の結論なんです。」「矢野さんがこっちに預けるには,全部ご自分で封印して,それをこっちに預かってきて,手つけないで,また時来たら返すってことじゃないの。」などと述べ,控訴人伏木において「だから封印してもいいじゃない。」などと述べ,本件手帳を控訴人らに引き渡す以外の選択肢のないことを示して,繰り返し,本件手帳を引き渡すことを求めた。この間,控訴人黒柳は応接室から出て,玄関ホール付近において携帯電話で藤井と連絡をとり,「ええ,今やっている最中です。」「はい,絶対に取ります。」「打合せどおりにやっています。」などのやり取りをした。被控訴人矢野は,控訴人らの強硬な勢いに抗することができず,本件手帳を控訴人らに預けることを了承したが,本件手帳は貸金庫に保管中であり,一部を除いて手許にはないと説明した。
(オ)被控訴人矢野が控訴人らの威勢のため本件手帳を控訴人らに預けることを了承したところ,控訴人大川は「こっちがね。なんかねあの強奪しちゃったみたいなね。」と述べ、控訴人伏木は「預かります。僕がね。」などと述べた。そして,貸金庫において保管中のものを含めて,すべての本件手帳を1週間後の平成17年5月22日に引き渡すことを決めた。その際,控訴人伏木が「じゃあ党本部に来てもいいよ。持って。」と述べるなど,被控訴人矢野において本件手帳を公明党本部に持参することも検討されたが,最終的には,同日午後1時に控訴人らにおいて再び被控訴人矢野の自宅を訪問することとした。控訴人らが退去する際に,被控訴人矢野が,「皆さん,これでねえ,……これ全部,矢野の日記預かってきたと。矢野から,もうお前ら保管しとってくれと言われたというふうに言って下さい。……でないと,これはね,問題になります。」と述べると,控訴人黒柳は「全部矢野さんの自発的な行動ですね。」と応じ,控訴人伏木は「そらそうでしょう。大変なことになりますよ。」と述べた。
ウ 平成17年5月15日の第2回訪問
(ア)平成17年5月15日午後6時30分ころ,控訴人らは,再び被控訴人矢野の自宅を訪れた。控訴人大川は,「今日たまたま党側の方に帰りますと,藤井さんと大久保さんがいて……今あるならあるだけの資料でも預かってくるなり,それから貸金庫というのはどこの金庫かはっきりしてこなきゃ,お前ら何やって来たんだって,今言われて。もう,言われりやそうかと。……で,また3人でやって来ました。なんていうか,むしろ,怒られちゃって,笑われちゃって。」と述べ,これを引き取って控訴人黒柳において「おしかりを受けて,またこうやって来たわけですよ。申し訳ないです,すみません。」,披控訴人大川において「預かって,うちの党のの本部で僕らが預からせてもらえば一番安全なんだけどどな。変な言い方だけどね。」,控訴人黒柳において「要するに,今ご自宅にあるのは,あるって矢野さん言ったんだから,それだけでもあれしなかったら。子供の使いじゃないか,なんてことでですね。」と述べ,控訴人らが公明党本部に戻ったところ,藤井及び大久保の両名から,本件手帳を保管してある貸金庫の場所を確かめ,被控訴人矢野宅において保管している一部だけでも預かって公明党本部に持ち帰るように叱責されたため,再び被控訴人矢野宅を訪れた旨を述べた。
(イ)これに対して,被控訴人矢野が「何でそんなに焦るのか。」と反論したが,控訴人黒柳は,大声で「3年分くらいはあるだろう。それを寄こせ。」と述べた。被控訴人矢野は,「無茶を言うな。」「お前ら狂っているぞ。こんな無茶な法律無視のことを脅迫でやったとなると,それがばれたら重大な社会問題になる。分かっているのか。」と述べたが,控訴人らは聴かず,控訴人黒柳が「どうしてもだめか。」と迫ったので,被控訴人矢野は身の危険を感じて,応ずることにした。被控訴人矢野は,本件手帳は新宿区所在の阿川司法書士事務所に預けてあり,同事務所の金庫において保管されている旨を説明した上で,本件手帳のうち平成14年から同16年までの分を持参し,銀行の暗証番号や金融機関からの借入債務の内容等が記載されていることを告げ,手帳の内容を見ないように述べた上で,当該手帳を封筒に入れて封緘し,控訴人らに渡した。
 控訴人らは,翌5月16日に本件手帳の残りを預かるために再び来訪すると述べたが,被控訴人矢野は,これらの手帳を用意するためには保管先である阿川司法書士纂務所の都合をきかなければならないと述べた。控訴人らは控訴人伏木の携帯電話の番号(090−***−***0。一部を伏字とした。)を被控訴人矢野に教えて,翌5月16日に引渡しの日取りを連絡するように求めた。控訴人らは,更に,控訴人大川において「こんなに遅く夜悪いけどさ,せっかく来たんだから,矢野さんの作業所,見学させて。」と述べ,控訴人黒柳において「西口さんから3階の事務所を1回,見学して来いって言われてさ。」などと述べ,こもごも,自宅内を案内するように求めた。被控訴人矢野は,控訴人らを案内して,自宅1階の事務所やガレージなどを案内した。その際,控訴人大川は「お預かりするなら,党本部で預かりゃ一番もう安全だと思う。」と述べ,控訴人伏木は「要するに,要するにね。もう,みんな,こうカーッとなった訳よ。それは分かるでしょう。……だから,やっぱりそれをだね。誠心誠意やっていった方がいいですよ。」などと述べた。控訴人らは,被控訴人矢野とこのようなやり取りをしながら,その自宅内を見た後,退去した。
(ウ)翌5月16日,控訴人伏木から被控訴人矢野に対して再三電話があり,「水曜(5月18日)は忙しいので,明日火曜日にしてくれ。」と要求した。被控訴人矢野は,「こっちは先方に連絡しているところだ。そっちの都合だけ言うな。」と抵抗したが,控訴人伏木に押されて,5月17日に来訪するように述べた。なお,5月15日に控訴人らが被控訴人矢野宅を訪問した後,同被控訴人宅に連日のように無言電話や嫌がらせ電話がかかったり,面識のない人物らが訪れて執拗に面会を求めたりすることなどがあったほか,自宅付近に駐車した車両から常時監視を受けるようになった。
エ 平成17年5月17日の訪問
(ア)平成17年5月17日午後8時ころ,控訴人らは,被控訴人矢野の自宅を訪れた。同被控訴人は本件手帳のうちの大半のものを阿川司法書士事務所に預けていたことから,あらかじめこれを引き取った上で,これらを揃えて段ボール箱に詰めていた。控訴人らは,控訴人大川が「いや,これね。話し合い,今後のことも信義をもってきちんとやってもらえないと俺もね,役目つとまんねえからさ。」と述べるなどしながら,被控訴人矢野の用意した手帳を確認し,1996年から1999年までの手帳がないことなどを指摘し,控訴人黒柳が「ちょっと,抜けてるか抜けてないかというのは失礼ですけどね。要するにこれがすべてかどうかも分からない訳ですよ。ただ,年数が抜けているということだけをいうのですよ。」などと述べた。被控訴人矢野は,「昨日,僕が手許にある引出,調べてこれだけ探してきたんだから,あとも,どっかにあるかもわからへん。」「僕は誠意をもって探す。」などと述べた。
(イ)本件手帳のうち当日用意されたものを段ボール箱に入れてガムテープで密封するに当たり,控訴人黒柳は,被控訴人矢野に対して,妻満子を立ち会わせるように要求した。被控訴人矢野は,「女房にはこんなこと知らせない方がいいって。」「こんなことは,そら,うちの女房は信心しっかりしてまずけれどね,そりゃ女房にはね,こういうことあんたらに渡すこと言ってないんです。やばいですよ。」「俺はね,こういう余計なことはね,この4人だけでいいと思っているから。」などと述べて抵抗したが,控訴人大川及び同伏木も,同黒柳に同調して,満子が立ち会うことを要求したことから,被控訴人矢野もこれに応じることとして,満子をその場に呼び入れた。前記手帳に加えて,控訴人伏木の要求により被控訴人矢野が文藝春秋社から読者賞として受けとった記念品の置時計も一緒に段ボール箱に入れて,満子の立会いの下で,ガムテープで封印した。その際,被控訴人矢野は,あらかじめ用意した念書について,その内容を控訴人らに説明した上で,控訴人ら及び満子と共に署名した。念書は,2通作成して,1通を被控訴人矢野において,1通を控訴人らにおいて保管することとしたが,その内容は,次のようなものである。
 「矢野絢也は,矢野の日記および関係書類(梱包2箱)を公明党元議員の大川清幸氏,伏木和雄氏,黒柳明氏に預ける。
 双方は次の条件を遵守する。
@ 矢野は,三氏らが承諾する案件以外に今後この資料は利用しない,ことを責任を持っ  て約束する。
A 三氏は,これら資料が矢野のプライバシーに関する資料であること,他の人物,団体  に迷惑が掛かることに鑑み,責任を持って,紛失,流出することのないよう厳重に保  管し,矢野の了解なしに開封しないことを責任を持って約束する。また,矢野が個人  的な情報が必要な場合は三氏の了解,立会いの元で資料を閲覧することもある。
B 将来,関係者が死亡したときは,資料の流出を避けるため,上記@,Aの条件に基づ  き,矢野は子息矢野清城,三氏は指定する公明党関係者の立ち会いの元で協議し,こ  れら資料の保管の継続などの処理を決める。
C 5月15日に三氏に別途に預けた手帳および書類も上記@,A,Bと同様の扱いとす  る。
 以上,双方,信義誠実を重んじ確約する。」
(ウ)念書への署名を終えた後で,控訴人黒柳が「あとは,いつ渡してくれるか。」と尋ね,被控訴人矢野が「捜す必要があるから1週間後だ。」と答えると,同控訴人は「もしこれ以外に残っていたら重大なことになる。」と述べた。被控訴人矢野が「足りない手帳を除けば,これですべてだ。重大なことになるとは,どういうことか。無礼ではないか。」と言うと,控訴人黒柳は「重大なことと言えば分かるだろう。矢野さんの身に危険が迫る。」と述べ,被控訴人矢野が「また脅迫か。」と言うと,同控訴人は「そうだ。嘘をついたことになるから重大だ。そのために家探しをさせてほしい。」と述べた。被控訴人矢野は「お前,常識があるのか。家探しの捜査令状でもあるのか。」と答えたが,控訴人黒柳は大声で「でないと俺たちは子供の遣いになる。是非,家探しをさせてくれ。」と言い,控訴人大川及び同伏木も同様の要求を繰り返した。被控人矢野は,控訴人らの威勢に身の危険を感じ,控訴人らの要求に応じ,自宅の1階から3階までを案内し,被控訴人矢野において戸棚や引出を開けるなどして,控訴人らに見せた。その途中で,被控訴人矢野が「こんな無茶をするとは,相当上からきつく言われているのだな。」と言うと,控訴人らは「俺たちの立場があるので。家の隅々まで見たと報告しなければ,藤井や大久保にしかられる。」と述べた。
(エ)翌5月18日に,被控訴人矢野は,同月14日の創価学会青年部との面談の際の政治評論家を辞める約束の実行として,日刊ゲンダイの下桐編集長に電話をかけ,同紙に当時連載していたコラムの打切りを申し出た。
オ 平成17年5月30日の訪問
(ア)平成17年5月27日,控訴人伏木から電話で「残りの手帳はいつくれるか。」と催促があったことから,被控訴人矢野は,「来週月曜日の30日の午後2時に来てくれ。」と答えた。
(イ)同月30日,控訴人らは,約束の時刻よりも早い午後1時ころに被控訴人矢野の自宅を訪れた。控訴人らが到着した時は,被控訴人矢野の妻満子は外出中であった。被控訴人矢野は,本件手帳のうち前回の5月17日の訪問の際に指摘された1996年から1999年までの手帳のほかメモ類等の書類をあらかじめ用意しており,これらを控訴人らに見せた。控訴人らは被控訴人矢野の用意した手帳等を確認し,「年数はこれで全部揃ってます。」「国会手帳以外もあるんだね。」などと述べた。
(ウ)被控訴人矢野が,当日用意した手帳等を探し出した経緯として、「預けていない分は,ひとつは言論問題の時のやつは,大分かなり前にどっかに押し込んでしまってたんですね。僕も全然記憶なかったんですわ。せやけど,昭和42年ですかね43年か,金属製の柳行李みたいなのあるじゃないですか,箱。いろんな訳わからん,もう,書類がつっこんである,おじいさんの時代からの古い古い文書。」「古い書類がね。私の親父の前,おじいさんの代かからね。たぶん私,引越の時に議員宿舎から二十騎町に引っ越した時にとりあえず全部つっこんだんだね。」などと説明した。
(エ)すると控訴人大川は,「ところでね,矢野さんね。こないだのと今日のこれで,全部お出しになるって言っていたので僕らもそれで信頼しますが。あのう,文春のはじめの方を見るとね,『資料とメモ,膨大で我ながら驚いた』って,驚きになっているから,矢野さん自身が驚きになるなら,こないだのとこれで,ほんまに膨大な資料全部なんかと思うんですけどね。」と述べ,控訴人黒柳も「ご自分で扉も開けていただきましたから,私たちは秘密のご子息のあれまで見せていただいたんで,これ以上疑わないんですけど。」と述べた。続いて控訴人伏木が「いや俺達話してたのはね。『メモと資料がある』と。こうあった。これはほとんどメモだから,まだ資料があるんじゃねえかと。」と述べると,これをひきとって控訴人黒柳が「そういうことです。今おじいさんの時代からの鉄の行李とか何とか,そこからお探しになったって今言われましたからね。そういう物をまだ探せば,また出てくるんじゃないかというような感触を,今の文春の。」と述べた。これに対して,被控訴人矢野は「ほんだら,先祖代々からの全部お持ちになりますか,そんなら。それは言い過ぎじゃありませんか。」と反発したが,控訴人黒柳は「別に言い過ぎじゃないです。」と答えた。被控訴人矢野が「誠心誠意してるわけですから。そこまで言われたら,そりゃあ,もう紙1枚もないかと言われれば,あるかも分かりませんけど。」と言うと,控訴人黒柳は「この前ね,矢野さん自身が開けて,みんなどうだどうだとお見せいただいたでしょ。あれが頭に残っている訳ですよ。それで更に,今,おっしゃったようにお探しいただいて,要するに,おじいさん時代の鉄みたいな行李のなかから出てきたということを総合しますとね、何かこう今の膨大な資料という中の,内容は分かりません,私は。矢野さん,当人だから一番よく分かるんでしょうが。」と述べ,前回の5月17日の訪問の際に,被控訴人矢野の案内で自宅の本棚や引出の中を見たが,この日も,もう一度,同様に被控訴人矢野の自宅内を捜索したい希望を表明した。これに対して,被控訴人矢野は,「そんなことおっしゃるならね。もう全部返して下さい。……私ね,本当にこの1週間,必死の思いで探したんですよ。そんな言われ方したんじゃね。僕が今度の件で悪口言われることとは別に,全部返してください,と。燃やしちゃいましょう、と。」「私は,もうね。これをお預けすること自体に,ものすごい抵抗感じているんですよ。正直言うて,人権蹂躙ですよ。私のプライバシーまで持っていくんですから。私の子供の問題,私の家族の間題,私の父親の問題,全部入っているんですよ。これあなた方持っていったことが世間にばれたら大変なことですよ。」「私はそんなことは言いません。誰にも言いません。しかし,私のプライバシーのすべてをお持ちになってですよ,まだ残ってないかっていうのは,黒柳さん,言い過ぎじゃないですか。」と述べて,控訴人らの要求を拒絶した。
(オ)これに対して,控訴人黒柳は「だからそこまであれするとさ,またね。せっかく,せっかく好意をいただいたことについて,へんな話になっちゃいますから。」と述べたが,被控訴人矢野は,「僕もね。ほんとに必死になって探してこういうことですよ。それで1枚もないですかと言われりゃね,そら僕だってそら天井裏に1枚あったら分かりませんよ。それをね,家探しして下さいとは言えません。」と再び明確に拒絶した。控訴人黒柳は,「あの,別に家探しなんてなるとね,警察沙汰にでもなるから。……ただ,家探しという言葉じゃなくて,要するに,……矢野さん言ったことをこちらも,昔の仲間として善意に受けとめて来てる訳ですよ。……ただし,是非ご理解いただきたいことは,今,伏木さんが言ったように,膨大な資料とかメモとか,それから今もう一回繰り返しますが,2週間の間に本当にご苦労いただきましたけれども,おじいさんの時代のそういう行李までひっくり返したんだということになりますとね,何となくね,まだあるんじゃなかろうかなという,感触ですよ,感触。」「あの矢野さんもね,ほいじゃあ家探しして下さいって,まあ失礼なことでは。」と,なおも家探しを要求したが,被控訴人矢野は「それは僕は断ります。」「そりゃ大川さん,そりゃなんぼでも,おっしゃる言葉じゃないんじゃないですか。」と,引き続き拒絶する旨を明権に述べた。すると,控訴人黒柳は「だから,家探しという言葉,もうまったくこれは変な言葉ですけどさ。あの,家探しという言葉はね。これはもう,今私たちが警察権力を持ってるわけでも何らありません。要するに昔の仲間としてあれしているわけですからね。」「一生懸命お探しいただいたんだと思いますけど,それで出てきた。そのほかにもどっかに,もしかすると,と。だから要するにそれで我々があれしたら,これでなきゃないでも,しょうがないと言っちゃ失礼ですけど,おしまいですよ。」と述べ,被控訴人矢野が「強盗ですよ。それは,今おっしゃっていることは。」となおも抵抗すると,控訴人伏木が「それで我々とすれば,万万が一よ,後になって出てきたなんてことになるとね,3人でこうやって話し込んで,それでお互い信頼だ信頼だと言って,後で出て来ちゃ問題だと。だから念には念を入れてという意味で言っているんであってね。そこんところは分かってくださいよ。」と述べた。控訴人黒柳は,更に,「もう本当にくどいようですけど,膨大なメモ資料ということになると,……この次出てきて,何かのときになると,これ大変なことになる可能性ありますよと。」「だからね万が一ね,この次に何もペーパー1枚がどうだとか,手帳が1つどうだとかこういう問題を言っているんじゃないんです。だけど,やっぱり,その客観的に判断する人はね,『要するにまた出てきたらだめだった,また出てきたらじゃ,何回続きゃいいんだ』という可能性だけ,可能性だけです。矢野さんに言わせれば,『無いよ』とこれでおしまいです。私たちもその善意に対しては間違いなかろうと。ただし,私たちあくまでも3人は言われてやってきた訳で,まだこの周りにですね,もう伏木さんも,うるさい藤井さんだっているし,大久保さんだっているし,まだまだいっぱいいるわけですよ。そういう人たちはね,要するに私たちの言っていること,矢野さんの言っていること,半分わかるけど半分わかっていない。あとは,文春のあの書面,そういうものについてやっぱり彼らは中心にいろいろコメントするわけですよ。ですから,……出てきた場合には大変なことになるよって。……もしですね,この次,……また出てきちゃったじゃないかといった場合に,まあ失礼ですけど,我々も立つ瀬がないわけですよ。『何だお前たちでくの坊』と,……何しに行ってんだと。」「私たちはね,言ってること7割,あるいは人によって違うかもしれないけど,私は7割信用します。ですけれども,……もしこの次出できたならば,これはやっぱりね,ただ単に書かないとか,またあったから出しますよという問題ではないですよと。……意図的に隠したんですか,それとも分からないであったのか,これはね,第三者の判断というのがね,これはもう,まちまちになっちゃう訳ですよ。だから,私たちも今ここでね,もうケリをつけたい訳ですよ。」と,執拗に,家探しをしなかった場合には騒動が生ずる可能性を示し,控訴人らの威勢にひるんだ被控訴人矢野が「気持ちは分かります。じゃあ,どないしたらよろしいんですか。」と述べると,「どないしたらって言ったら,どうですか大川さん,ですからこの前ね,要するにくどいようですけど,……開けていただいたでしょ。ああいうのを見てね,それで我々が目で見て,それで無いとなったら,それは無い訳ですよ。」と述べて,あくまでも前回の5月17日の訪問の際のように,被控所人矢野の自宅の各部屋の本棚や引出の内部を探すことを要求した。被控訴人矢野は,「するなら勝手にやれ。不法侵入,脅迫ですぐに訴える。」と述べた。これに対して,控訴人黒柳が「やるならやってみろ。」と言ったので,被控訴人矢野は110番に通報しようと電話の受話器を取り上げたところ,控訴人黒柳が急いで立ち上がり,被控訴人矢野につかみかかってこれを止めた。控訴人大川は,「どうしてもだめなら,全党挙げて矢野をつけねらう。」と述べた。
(カ)控訴人らの剣幕に,被控訴人矢野は,控訴人らの要求を拒み続けるとどのような危害を加えられるかもしれないと畏怖して,「それは,かまいませんけどね,感情論で申し訳ない。心外なんですよ。大川さん。なんで……」と述べたが,控訴人黒柳が「私たちは,本当にその,感情論で言ってるんじゃないですよ。……矢野さんの立場に立ったつもりで言っているんですよ。」と畳みかけると,被控訴人矢野は,渋々「何度でも何でもどうぞ」と答えた。すると,控訴人黒柳は,「いやそれは,これはね。赤の他人の家ですから,どうぞなんて言われるもんじゃないですよ。やっぱりね,……やっぱり,その矢野さんがご案内いただき,奥さんのご了解をいただかなきゃね。そんなもの,私は社会人だし,少なくともあの立法府に長いこといた者ですから,そんなもの,ズカズカズカズカね,行くわけにはいきませんよ,それは。それはいけませんよ。そんな失礼なことはできません。あくまでもですね,出すのも,私が自発的に出したんだよ,と。みな,自発的にやったんだよ,と。それは圧力になるよ,と。言っていただいているんですから。」と,被控訴人矢野に対して,同被控訴人の自宅内の捜索に当だって控訴人らを案内することを求めた。これに対して,被控訴人矢野が「ほんとにね。こんなこと,そんな昔の過去のことよりも,このこと自体が大問題ですよ。まさか,お互いね,野暮ですから言いません。だから僕は自発的に出した形をとっている訳ですからね。それをもう……。」と述べて案内を渋ると,控訴人黒柳は「その是非はね,もう私たちはいいんですよ。ここにね,6000名のね,OBと議員がいる訳ですよ。」と,控訴人らの背後には多数の創価学会ないし公明党関係者がいることを示して被控訴人矢野を威迫した。控訴人らから,このような要求を受けて,被控訴人矢野は,「じゃあ,もうご覧下さい。」と述べた。
(キ)満子は,控訴人らが被控訴人矢野宅に到着した際には外出していたが,その後,控訴人らと被控訴人矢野が自宅応接間で上記のようなやり取りをしている間に帰宅した。しかし,被控訴人矢野は満子が既に帰宅していることを知らなかったことから,上記のやり取りに引き続いて同被控訴人と控訴人らとの間で次のような会話がされた。
矢野「ご案内するんですか?」
黒柳「やっぱりそうじゃないとね。そうじゃないとね,もう。」
矢野「屋根裏まで行きますか?」
黒柳「ズカズカズカズカってわけにはいかないし,奥様だっていらっしゃるし。」
矢野「家内はおりませんよ,今。」
黒柳「お留守ですか,今?」
矢野「仕事で出かけてます。」
黒柳「少なくとも,やっぱりご案内いただかないと。どうですかね,ズカズカってわけは。」
伏木「そりゃまずいよ。」
大川「人の家だよ,あんた。」
 上記のような会話の後,被控訴人矢野は「いやいや,どうぞ,もう。ご案内してもいいですよ。しかし,あの,俺,本当にどないしてご覧になるかなと思って。」と述べながら,なお案内を渋る様子を見せたが,控訴人黒柳が「そしたら案内してもらって。」と述べ,更に,控訴人伏木が「その方がいいよ。そんでね,そんでさ。したくない,本当にしたくない,したくないけれどもね,したくないけれども,我々もこうやって話し合って,それで大勢の人いるわけですよ。あれだけのものを。」と述べて,再び,控訴人らの背後に多数の創価学会ないし公明党関係者が存在することを示して威迫したので,被控訴人矢野も,遂に抵抗をあきらめて,「ご案内しましょ!もうめんどうくさい。……もうあれですよ,ちょっと私としては,ひっくり返っているのを見られるのはいやですけどね。そういうプライバシーのところは,日をつぶっていただいて。」と述べて,腰を上げた。すると,控訴人黒柳が「あの,矢野さん。黒柳が無理に押しかけてきたなんて,後で書かないで下さいよ。はっはっは。」と笑うと、これを受けて,控訴人伏木が「そんな余計なこというからいけないんだよ。」と述べた。
(ク)被控訴人矢野に案内をさせて,控訴人らは,同被控訴人の自宅を1階から3階まですべての部屋を順次捜索した。特に2階の書斎では本棚を詳細に調べ,引出も全部開け,すべてのファイルを取り出して点検した。3階の物置では,掛け軸なども調べ,段ボール箱の中まで見た。また3階の被控訴人矢野の部屋(寝室)では,すべての引出を開け,クローゼットも開け,中の段ボール箱まで捜索した。
(ケ)被控訴人矢野の妻満子は,帰宅後,3階の自屋(寝室)において着替えをしていた
ところ,満子の帰宅を知らない被控訴人矢野が部屋の扉(引き戸)を開けた。被控訴人矢野に続いて扉の前まで来ていた控訴人らは,着替え中の満子をいきなりのぞき見る形となり,控訴人らと目が合った満子は,「きゃあ,きゃあ。」と大声を出した。被控訴人矢野は,「ああ,おったんか失礼。」と述べて扉を閉め,控訴人らに「着替えておりますから。」と説明したが,満子の声に驚いた控訴人らは,他所に移動した。
(コ)被控訴人矢野と控訴人大川は,その後,次の内容を記載した念書に署名し,原本を   被控訴人矢野が,写しを控訴人大川が保管した。
  「矢野絢也は,5月15日,5月17日,5月30日の3回で1967年から2001年まで通年の矢野の日記および関係書類を公明党元議員の大川清幸氏,伏木和雄氏,黒柳明氏に預けた。
  双方は,5月17日に確認した条件を信義誠実を重んじ遵守する。以上,双方,確約  する。」
(サ)被控訴人矢野は,用意した手帳のほかメモ類等の書類を大型封筒に入れてガムテープで封をし,これを控訴人らが持ち帰った。
(シ)控訴人らが退去した後,満子が「なぜ,あの人たちに2回も家探しをさせるのか,非常識すぎる。許せない。それに私が着替え中,私の部屋を覗くとはけしからん。」と被控訴人矢野に泣きながら抗議したところ,同被控訴人は満子に対して一言もなく,黙っていた。
(3)事実認定の補足
ア 控訴人らは,控訴人らが平成17年5月15日(2回),17日,30日に被控訴人矢野宅を訪問した際に,いずれも控訴人伏木においてICレコーダ(ソニー製品。IC RECORDER ICD−MS515。甲43は同型のもの)を携行し,事のすべてを隠し録りしたとする音声データを複製収録した記録媒体(CD−R)及びその反訳書(甲25〜28)を提出し(以下,これらを併せて「本件音声データ」という。),被控訴人矢野本人,証人矢野満子及び同生沼千晶の各供述書(乙ハ4〜6)並びに原審での尋問における供述のうち,本件音声データに収録されていない部分は信用できないなどと主張している。これに対して,被控訴人らは,本件音声データは被控訴人矢野宅における控訴人らと同被控訴人等のやり取りのうちの重要な部分が削除されていると主張している。
イ 本件音声データに関しては,控訴人ら提出に係る甲34(鈴木隆雄作成の鑑定書)が合成,修正及び加工された箇所は見当たらず,編集改ざんが行われた録音ではないとしている。しかしながら,乙ハ7及び9(日本音響研究所鑑定書)及び弁論の全趣旨によれば,一般にデジタル方式で録音された音声データは削除,結合等による編集を行ってもその形跡が残らないと認められるから,本件音声データに編集改ざんの痕跡が認められないからというだけでは,本件音声データについて録音後に編集改ざんが行われなかったと断定することはできない。現に,日本音響研究所鑑定書において分割,削除,結合を施したデジタル音声データである乙ハ8について,鈴木隆雄は甲36において,これらの作業が施された箇所を具体的に指摘することができていない。
ウ そこで検討すると,
(ア)原審では,弁論準備手続において主張内容及び証拠の整理がされたところ,本件音声データは,原審準備手続期日において提出されず,原審第2回口頭弁論期日(平成18年12月15日)の被控訴人矢野本人尋問での反対尋問において,控訴人ら代理人が同被控訴人において控訴人らの訪問時に録音をしていなかったことを念入りに確認した後の第3回口頭弁論期日(平成19年3月9日)において,初めて提出されたものであり,被控訴人矢野及び当裁判所から後記第一次録音媒体を提出するように促されても,当該録音媒体における録音内容は既に消去したというのみで,これに応じようとしないものである。控訴人らの主張によれば,本件音声データは,被控訴人矢野宅における録音の際にICレコーダに収納されていた録音媒体(64メガバイトメモリースティック。以下「第一次記録媒体」という。甲43は同型のもの)から,本件音声データが録音された当日(平成17年5月15日,17日及び30日),コンピュータ内蔵の記録媒体に複製収録し,それをさらに他の記録媒体3を介して他のコンピュータにより複製したものを証拠として提出したというものであり,第一次記録媒体からの複製収録の際,同媒体から音声データを削除し,また,その際に用いたコンピュータは壊れたので廃棄したため,いずれも裁判所に提出できないというのである。しかしながら,控訴人らが被控訴人矢野とのやり取りを録音したのは,本件のような訴訟に備えてのものであると推認されるところ,訴訟における原本主義に鑑みれば,録音に係る第一次記録媒体は原本として保管し、ICレコーダを再使用するために新しい記録媒体を購入するのが通常であること等からすれば,証拠の保管ないし提出方法において著しく不自然な点があるといわなければならない。
(イ)次に,本件音声データそれ自体を見ても,その内容において,以下のような不自然な点を指摘することができる。@平成17年5月15日の訪問時の音声データ(甲25)において,本件手帳を自ら燃やすという被控訴人矢野の供述を前提としての控訴人らと被控訴人矢野との供述が録音されているにもかかわらず(204項),前提となる本件手帳を自ら燃やす旨の被控訴人矢野の供述が録音されていない。A同月17日の訪問時の音声データ(甲27)において,エレベータの音や仏壇での題目三唱等,階上における行動に関するやり取りを録音した箇所があるのに(527項以下),念書の署名終了後の会談(455項以下)やその前の会談で,控訴人らが被控訴人矢野に対し,階上の案内を求めたことに関するやり取りが存在しない。B同月30日の訪問時の音声データ(甲28〉において,同月17日の訪問の際に被控訴人矢野から自宅内の本棚等の開示を受けたことを前提とする控訴人らの供述(前回と同様に自宅内を開示することを求める供述)が録音されているにもかかわらず(97項,109項),同月17日の訪問時の音声データ(甲27)には,その様子が一切録音されていない。C同月30日の訪問時の音声データ(甲28)において,控訴人黒柳が控訴人大川に意見を求めたところ(197項),同控訴人の発言がないにもかかわらず,被控訴人矢野は,「それはかまいませんけどね。感情論で申し訳ない。心外なんですよ。大川さんね。」と,控訴人大川に向けて発言している(198項)。なお,その前は,控訴人黒柳と被控訴人矢野のやり取りが続いていた。D同音声データでは,被控訴人矢野において,妻満子が不在であると思いこんでいたことを前提とする供述が録音されているにもかかわらず(214項等),自宅3階の満子の部屋(寝室)を控訴人らが覗いた様子が録音されていない。
 なお,上記のうち,D(満子の部屋の覗き見)について,補足的に説明すれば,音声データには控訴人らが満子の部屋付近にいる際の録音として,扉をたたくような音が録音されているところ,自宅内を控訴人らを案内した際に,被控訴人矢野は満子が不在と思いこんでいたのであるから,満子が在室するかどうかを確かめるために満子の部屋の扉をたたくことはあり得ず,また,満子においても,被控訴人矢野以外の者が自らの部屋に入ることを予想していなかったはずであるから,自室の扉を内側からたたくことで自らの在室を知らせたというのも不自然である。さらに,3階の被控訴人矢野の部屋(寝室)にギターが置いてあり,被控訴人矢野自身がこれを鳴らしているが,ギターと扉とは4m余り離れていた(当審における検証)にもかかわらず,扉の音とギターの音が短時間のうちに連続して録音されており,そのように連続して音を発生させるためには,被控訴人矢野において極めて迅速に移動しなければならないことになるが,当時の状況や同被控訴人の年齢から認められる運動能力に照らせば,そのような迅速な移動は困難である上に,控訴人らのギター談義を無視して同被控訴人において迅速な移動をしなければならない必要性はない。付加するに控訴人らは,被控訴人矢野の部屋(寝室)を捜索するために入室したにもかかわらず,同部屋を捜索した気配が全く録音されておらず,検証における控訴人らの説明も同部屋を素通りしたことを前提になされている。
エ 上記ウに指摘した各事情に照らせば,本件音声データは,被控訴人矢野宅において録音された当時の音声データ(第一次記録媒体に記録されていた内容)について,その後に削除等の加工を施されたものと認められるから,その録音内容は,録音された部分について控訴人らと被控訴人矢野との間に録音された発言等があったことの証拠として採用し得るとしても,録音がないことを理由に録音されたもの以外の発言等がなかったと認定することができない。また,控訴人黒柳の原審本人尋問における供述や陳述書についても同様であり,録音されたもの以外の発言等がなかったとの点は到底採用することができない。録音されていない部分の発言等については,被控訴人矢野本人,証人矢野満子及び同生沼千晶の各陳述書(乙ハ4〜6〉並びに原審での尋問における供述を証拠として認定するのが相当である。
(4)真実性の抗弁について
ア 上記認定事実に照らせば,控訴人らは,平成17年5月14日に被控訴人矢野が創価学会青年部の幹部多数に囲まれ,いわばつるし上げのような形で,家族に危害を加えることを暗示する脅迫の下で,今後の政治評論活動を辞めると約束させられた事情を十分に知悉した上で,翌5月15日から同月30日にかけて4回にわたって被控訴人矢野宅を訪問し,創価学会青年部との約束を守るあかしとして本件手帳を引き渡すように求め,被控訴人矢野においてこれを拒絶するや,自分たちは創価学会ないし公明党の指令により訪問したもので,控訴人らの背後には多数の創価学会員ないし公明党員が存在するものであって,控訴人らの要求を拒めば,これらの多数の創価学会員ないし公明党員が被控訴人矢野及びその家族に対してどのような危害を加えるかもしれない旨を暗示しあるいは明示的に述べて,被控訴人矢野を脅迫し,控訴人らのこのような発言内容に畏怖した被控訴人矢野が,やむなく控訴人らの要求に応じて本件手帳等を引渡したこと,控訴人らが被控訴人矢野に対して同様の威嚇をして被控訴人矢野宅の1階から3階まで,本棚,引出,クローゼット等の内容まで捜索する家探しを行い,3階の妻満子の部屋にまで捜索に及んだことを認めることができる(控訴人らは,妻満子の部屋に立ち入っていないとしても,満子が室内で着替えをしていたため入室ができず,それでも扉の開かれた部分から同部屋を覗いたのであり,捜索に及んだということができる。)。
 なお,本件音声データ中には,控訴人らと被控訴人矢野がやり取りのなかで談笑する部分も存在するが,これは、控訴人らにおいて,控訴人伏木がICレコーダを携行して隠し録りをしているととを認識していたことから,録音結果がなごやかな雰囲気となることを意図して,表面上強い口調や大声を出すことを避け,会話中にあえて笑いを交えていた結果であり,他方,被控訴人矢野においては,平成5〜6年ごろの文藝春秋への手記の連載のため創価学会等に対して迷惑をかけたとの思いや,控訴人らを刺激することにより今後更なる糾弾を受けたり身に危険が及ぶといった事態を避けるために,あえて控訴人らに迎合する姿勢をとった結果と認められる。前記認定のような,控訴人らの訪問の前後の状況や訪問時における会話の内容に照らせば,控訴人らの脅迫の結果,被控訴人矢野が畏怖して本件手帳等を引き渡し,自宅内の捜索に応じたと認定すべきものであり,本件音声データ中の上記のような内容は同認定の妨げとなるものではない。被控訴人矢野においてあらかじめ念書を作成しておいた点も,前認定の事実関係によれば,同被控訴人主張のとおり,控訴人らが持ち去った後の本件手帳等の管理について一定の願いを聞き入れてほしいとの趣旨で作成したものと認められ,念書作成の事実をもって,被控訴人矢野において心底任意に本件手帳等を控訴人らに交付したものと認めるべきものではない。
イ 上記によれば,控訴人らが,共謀の上,被控訴人矢野の自宅において,同被椌訴人に,同被控訴人が極秘メモを記載していた衆議院手帖を引き渡すよう強要し,本棚,押し入れ,妻の部屋に至るまで家探しし,被控訴人矢野の衆議院手帖を段ボール箱に詰めて同被控訴人から奪い,これを持ち去ったとの事実を摘示した第1記事の内容及び控訴人らが,4回にわたって被控訴人矢野宅を訪問し,その都度,執拗かつ強い要求をし,被控訴人矢野が「プライバシーの侵害になる」と強い抗議をしたにもかかわらず,2回にわたって家探しを強行するなどして,同被控訴人の手帳を無理矢理に持ち去ったとの事実を摘示した第2記事の内容は,いずれも真実というべきである。また,これらの事実をもって第2記事の見出しで「手帖強奪」と表現したことは,大仰な感を否めないが,強要ないしは脅迫の程度を強鯛したものと評価することができ,同表現があるからといって記事全体の真実性が左右されるものではない。

3 控訴人らの請求(第1,2事件)について
(1)被控訴人講談社らに対する請求
 そうすると,被控訴人講談社らに対して,本件各記事を名誉毀損であるとして,謝罪広告及び損害賠償を求める控訴人らの請求はいずれも理由がない。
(2)被控訴人矢野に対する請求
 上記のとおり,本件各記事が公共の利害に関わる事実を内容とするもので,被控訴人講談社らにおいて専ら公益を図る目的で本件各記事を本件週刊誌に掲載したものであり,本件各記事の内容が真実であるというのであるから,本件各記事についてその情報を提供した者が控訴人らに対して名誉毀損を理由とする責任を負うということはできない。したがって,本件第1記事が被控訴人矢野の取材に基づき作成されたものであるかどうかを検討するまでもなく,被控訴人矢野に対して謝罪広告及び損害賠償を求める控訴人らの請求もいずれも理由がない。

4 被控訴人矢野の請求(第3事件)について
(1)本件手帳等の引渡請求について
ア 控訴人らは,被控訴人矢野は本件手帳等の引渡しに際して2通の念書を作成し,控訴人らとの間で,当該内容の合意をしたものであるところ,上記合意は本件手帳等の負担付贈与若しくは信託的譲渡又は信託の設定とみるべきであり,これにより本件手帳等の所有権は控訴人らに移転し,被控訴人矢野はその所有権を喪失した,あるいは控訴人らに本件手帳等を保持する権原を付与する無名契約であると主張する。
イ しかしながら,2通の念書の内容は上記認定のとおりであるところ,当該念書の文言に照らせば,被控訴人矢野が本件手帳等の所有権を保持し続け,控訴人らにこれを移転していないことは明らかであって,これを控訴人ら主張のような内容の合意と解することはできず,また上記認定のようなこれらの念書の作成された前後の状況に照らしても,控訴人らの主張は採用することができない。
 この点,控訴人らは,本件手帳等引渡しの経緯や念書中に関係者が死亡した後における保管の継続等に関する条項があることからすれば,同念書に基づく合意は,民法に定める寄託契約ではなく,フランス民法1956条等に定める合意による係争物寄託ないしは英米法におけるエスクロウ契約に類似した一種の無名契約であり,少なくとも関係者が死亡するまでは、本件手帳等の返還は予定されていないものであると主張する。しかしながら,念書にいう「将来,関係者が死亡したときは,……矢野は子息矢野清城,三氏は指定する公明党関係者の立会いの元で協議し,これら資料の保管の継続などの処理を決める。」との条項は,関係者が死亡した時の本件手帳等の保管方法について定めているだけであり,また,被控訴人矢野において,その生涯返還請求権を放棄する旨の約束が含まれていないので,同主張に理由がない。
ウ なお,上記念書の文言に照らせば,当該内容のとおりの合意がされたとすれば,被控訴人矢野と控訴人らとの間に本件手帳等についての保管期間を関係者死亡までとする寄託契約が成立したことを認める余地はある(もっとも,控訴人らは寄託契約を主張しておらず,また,被控訴人矢野は合意の成立を否定している。)。しかし,仮に本件において寄託契約の成立を認めるとしても,それは無償寄託契約であり,民法662条により,期間の定めがあっても,寄託者たる被控訴人矢野はいつでもその返還を請求することができるから,現に同被控訴人が返還を請求している以上,いずれにしても控訴人らが本件手帳等を占有する権原を認めることはできない。
エ したがって,被控訴人矢野が控訴人らに対し、所有権に基づき本件手帳等の引渡しを求める請求は理由がある。
(2)不法行為を理由とする損害賠償請求について
ア 被控訴人矢野は,控訴人らが平成17年5月17日及び同月30日に被控訴人矢野の意思に反して同被控訴人宅内を家探しして検分し,同被控訴人のプライバシーを侵害したと主張して,不法行為を理由に,控訴人ら各自に対して1000万円(合計3000万円)の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めている。
イ 上記認定事実によれば,被控訴人矢野の主張するとおり,控訴人らが平成17年5月17日及び同月30日に被控訴人矢野の意思に反して同被控訴人宅内を家探しして検分し,同被控訴人のプライバシーを侵害した事実を認めるこどができる。上記認定事実によって認められる控訴人らの被控訴人矢野に対する言動や家探しの状況等を総合考慮すれば,被控訴人矢野の精神的損害に対する慰謝料額としては300万円をもって相当というべきであり,控訴人らの行為は共同不法行為というべきであるから,控訴人らは当該金額の支払いにつき連帯して(不真正連帯)してその責に任ずるべきものである。
ウ したがって,被控訴人矢野の控訴人らに対する損害賠償請求は,控訴人らに対して連帯して300万円及びこれに対する不法行為日以後の日である平成17年5月30日以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

5 結論
 以上によれば,控訴人らの請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり,被控訴人矢野の請求は,本件手帳等の引渡し及び上記の金額の支払を求める限度で理由がある。
 よって,これと異なる原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第17民事部

裁判長裁判官 南 敏文
   裁判官 安藤裕子
   裁判官 三村量一



(別紙)

物件目録
1昭和42年及び昭和43年の能率手帳             各1冊
2昭和46年及び昭和47年の能率手帳             各1冊
3昭和48年ないし昭和51年の能率手帳             各年分各2冊
4昭和52年ないし昭和55年の能率手帳            各年分各3冊
5昭和56年の能率手帳                       4冊
6昭和57年及び昭和58年の能率手帳             各5冊
7昭和59年ないし昭和61年の能率手帳            各年分各6冊
8昭和62年の能率手帳                      5冊
9平成6年,平成7年及び平成9年の能率手帳        各1冊
10昭和43年の「hi−start」と題されたリングミニノート    3冊
11昭和44年の衆議院手帖                    1冊
12昭和44年の「diary68」      1冊
13昭和44年の「69」というラベルが貼付された手帳    1冊
14昭和45年の衆議院手帖   1冊
15昭和45年の「NEWPET」と題されたノート   1冊
16昭和45年の「70』というラベルが貼付された手帳   2冊
17昭和46年の「71」というラベルカ1貼付された手帳       1冊
18昭和48年の衆議院手帖                     1冊
19昭和53年の文化手帖                      1冊
20昭和63年の表紙右膚に「1988」と記された手帳        4冊
21平成元年ないし平成4年の「Pefectimer」と題された手帳 各1冊
22平成5年の衆議院手帖  1冊
23平成8年の「3 Year Diary」と題された手帳  1冊
24平成10年ないし平成16年の衆議院手帖            各1冊
25平成12年の表紙右肩に「2000」と記された手帳        1冊
26昭和59年,昭和60年及び平成元年のメモ帳          各1冊

 ただし,いずれも被控訴人矢野が肉筆で記載した記入があり,茶封筒又は段ボール箱に密封して収納され,控訴人らが平成17年5月15日,同月17日及び同月30日に被控訴人矢野宅から持ち去ったもの
                                     (以上)




(別紙)
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 私は,「週刊現代」平成17年8月6日号(同年7月25日発売)に「『矢野絢也元公明党委員長極秘メモ』100冊が持ち去られた!」との見出しのもとに掲載された記事について,同誌記者に虚偽の情報を提供し,同誌上に「公明党OB議,員」「元公明党幹部X氏」「古参の創価学会副会長」なる者として登場し,貴殿らが平成17年5月下旬,私の自宅において,私が極秘メモを記録していた衆議院手帖などを出すように強要し,私宅の本棚,押し入れ,妻の部屋に至るまで家探しし,私の衆議院手帖100冊を10箱近いダンボール箱に詰めて私から奪い,これを持ち去ったとの記事を上記「週刊現代」に掲載させました。
 しかしながら,これらの記事は真実ではなく,貴殿らの名誉を著しく毀損するものであります。
 私は,貴殿らの名誉を著しく毀損したことに対し,謹んで陳謝の意を表します。

平成 年 月 日
                                    矢野絢也
大 川 清 幸 殿
伏 木 和 雄 殿
黒 柳   明 殿



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